<Lily of the valley―疑問と答え>
朝になってケセドニアからシェリダン行きの定期船に乗り込んだ。
また暫く船の上かとぼんやり思いながら、甲板に出てずっと空を見ていた。
昨日アッシュと遭遇して逃げて以来、途切れ途切れに聞こえていたアッシュの声が聞こえなくなった。
そこでやっと気が付いたんだけど、あの時が俺がこちらの世界に来て回線が繋がったはじめてだったと思う。繋がりにくいのか、それともアッシュが繋いできていないのか。どちらなのかはわからないけれど、それはそれで今の俺にとっては助かるなあ。だって下手に俺の考えとかアッシュにバレたらヤだからな。
船が海を切って進んでいく音に耳を傾けながら俺は目を閉じた。
* * *
「・・・・・・あれ?」
港に到着して、運よくシェリダンに向かう馬車に便乗して辿り着いた先で俺は首を傾げた。
集会場にギンジの姿があったからだ。しかもなんか呑気にお茶飲んでるし・・・。
入り口付近でポカンとしていたら、俺に気付いたギンジが、どうかされたんですか?と訊ねてきた。
「あ、いや。・・・飛行実験ってやってないのか?」
「あぁ、もしかして。貴方がルークさんですか?」
「え、あぁ、ルークだけど」
その前に俺の質問に答えてくれよギンジさん。のほほんとした顔でそうですか〜、オイラはパイロットのギンジっていいますとか自己紹介を始めたギンジに俺はもう一度同じ質問をした。するとギンジは
「セイルってひとが、飛行実験はやらずにルークという人物が来たらそいつに協力してやって欲しいとイエモンじぃさんに伝えたらしいんっす。それで実験は延期に・・・―――」
「セイルが・・・?」
「はい。それじゃあ、オイラはイエモンじぃさんを呼んできますね」
「・・・・・・」
ギンジの言葉に俺は込み上げてくるものを必死になって抑え込んでいた。
先に行っては俺の動きやすいようにと行動してくれているセイル。セイルに会いたい。
会って、ありがとうと礼をいいたかった。だけど、きっとセイルは笑いながらこういうんだろうな。
「礼をいわれるほどのことはしてないよ」
アイツなら・・・言いかねない。
ギンジに呼ばれて集会所の二階から降りてきたイエモンさんが、それで?と唐突に切り出してきた。
一瞬何を聞かれているのかがわからなくて戸惑ったら、隣にいたギンジが、用事を伝えればいいんすと耳打ちをしてくれた。あぁ、そっかと頷いて俺がシェリダンが崩落してしまう前に住人を助けるためにアルビオールを貸して欲しいんだと説明した。イエモンさんは少しだけ呻った後、ドキドキして返答を待っていた俺にあっさりと告げた。
「良かろう。一号機を使えば良い。一号機のパイロットはギンジじゃ」
「いいんですか・・・?」
「何、貸せというて来たのはお前さんじゃろうが。」
「いや、それはそうなんだけど」
俺の話を疑うとかはしないのかなあと疑問に思ったわけで。言葉に詰まった俺の心を読み取ったかのようにイエモンさんは豪快に笑った。
「お前さんが嘘を言っているかどうかなど、この老いぼれにもわかるわ!」
アンタの目は真っ直ぐで綺麗に透き通っておるからの。
そういわれてしまうと、返す言葉も無くて。
俺は拳を握り締めて俯いた。
一号機へ案内されてギンジがゴーグルをしてアルビオールの準備が出来たと俺に伝えてくる。
俺の記憶だと一号機を操縦したギンジがメジオラ高原へ墜落させてしまっていたけど、今回は大丈夫なのだろうか。いまさらだけどそのことを思い出して緊張に頬が引き攣った。
頼むから墜落だけはさせないでくれよとギンジに何度もいってみたけど当人はほけほけした笑顔で大丈夫っすよ〜とか、いってるし。いや全然大丈夫じゃないから・・・!俺が胸中で泣き叫んでいるとじゃあ出発しますねと俺の返事も待たずにギンジがアルビオールを発進させた。
* * *
緊迫した空気が漂うセントビナーの街中に踏み込む。
崩落の始まりだした街は物凄い地響きを上げて住人をパニックへと陥れていく。
その中でも必死になって住人を安全な場所へ誘導しようと動いている数人の姿があった。
声を張り上げて老人や子供を先に避難させる金髪の少女や巨大化させたぬいぐるみで動けないひとを運ぶツインテールの少女。怪我をしてしまったひとに回復術をかけている亜麻色の髪の少女。そして冷静に状況分析をしているマルクトの懐刀である死霊使い。しかし、あとの二人の姿が見当たらなくて俺は眉をひそめた。
この世界の<俺>とルークがいない。
そのことにさらに詮索を入れようとしたとき、さらに地響きが大きくなった。まずい、と咄嗟にジェイドの名を叫ぼうとして寸前で声を呑み込んだ。
今の俺がだんなに声を掛けても、俺が何者かを知らないだんなに誤魔化しつつ色々と説明するのは面倒くさい。そう考えると俺の今の立場は少々不便だな・・・。舌打ちをして歯噛みする。
沈みだした街にはまだ多くの人々が取り残されている。
<俺>がいない中で果たしてシェリダンの飛行実験のことを誰か思いつく奴がいるのだろうか。
焦りばかりが募っていく。
街がどんどん落ちてゆき、地上を見上げるまでに沈んだ、そのとき。地響きとは別の轟音を俺の鼓膜が捉えた。ハッと空を仰ぐと俺たちがかつて乗りまわしていたのとは色の違うアルビオールの腹面が見えた。
驚きにざわめく声があちらこちらで上がる。俺はアルビールの到着に安堵した。
もしかしたらルークと<俺>でアルビオールを調達に行っていたのかもしれない。
広場へ着陸したアルビオールからひとが出てくる。
明るい朱の長い髪を靡かせたルークが。
「コレに乗ってここから脱出します!焦らずに乗ってください!」
声を張り上げて叫ぶルークと共にアルビオールへ誘導するのはギンジだった。<俺>はルークとも一緒にいなかった。一体どういうことだ・・・?
疑問は尽きなかったが、とりあえず俺はひとまず思考を打ち切ってフードを被って顔を隠した。まだルークに姿を見せるタイミングではない。最後まで誘導をしていたルークの隣をすり抜けて機内に入ると、フードをそのままに目元を険しくして俺は窓の外を睨んでいた。